医療系データベースを活かした事業を幅広く展開しているJMDCでは、既存事業のみならず、新規事業開発も積極的に行っています。新しい事業が生み出されるJMDCの開発現場では、さまざまな人たちが活躍しています。
今回インタビューしたJMDCのグループ会社flixyのCEO吉永和貴さんもその1人です。吉永さんは、現役医師でもあり、プロダクトマネジャーとしてJMDCグループの開発を牽引する存在でもあります。
そんな吉永さんが経験してきた医師の立場を活かしたサービス開発とは?さまざまな開発を通して培った吉永さんならではの0→1のスタンスや考え方とは?詳しくお話を伺いました。
吉永 和貴(よしなが かずたか)株式会社flixy CEO、内科医
1988年生まれ。慶応義塾大学医学部卒。在学中にプログラミングを始め、研修医3年目に初の医療系プロダクトを開発。2016年、flixyを立ち上げ、WEB問診サービス「メルプ」を開発。2020年、JMDCとのM&Aでグループ会社に。2021年、医師向け薬剤アプリ「イシヤク」を開発。内科医としても勤務している。
内科の医師をしながら、プロダクト開発で起業
ーー学生時代、医学部だった吉永さんが、開発に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
4年生の時、学生起業をした友人に誘われて、友人の会社のホームぺージを作ったのがきっかけです。簡単なホームぺージだったのですが、初めてプログラミングに触れて、自ら手を動かしてモノができあがったとき、ものすごく感動して。「こんなおもしろい世界があったのか!」と衝撃を受けて、プログラミングやデータ解析の世界にハマっていきました。
ーーそこから、医師とエンジニアの両輪で活動をするようになったのですね。
はい。本格的に医療系のサービスを作ったのは、研修医3年目の頃です。薬の飲み忘れを防止するIoTサービスを考案して、ビジネスコンテストで知り合った片岡(現・flixy CTO)と私を中心に開発しました。
薬を曜日別に保管するお薬カレンダーに電極やセンサーを付けて、飲む日のカレンダーが光って教えてくる仕組みで、徹夜を含めて3ヶ月くらいで作りました。
ただ、結果的にうまくいかずに、3年でクローズしてしまいました。というのもユーザーのニーズをしっかり把握しきれていなかったのです。実証実験では、ある高齢者ユーザーが「電池がもったいなくて、翌日スイッチを切ってしまった」ことが発覚。データを全然取れてなくて、愕然としたことがありました。収益性の面で見通しがつきづらく、資金調達が難しかったのも大きかったですね。
アイデアありきで作ってしまったのが反省点で、「マーケットのニーズにとことん向き合わなければ」という教訓が得られました。
ーーその教訓を次の開発にどのように活かしたのでしょうか?
ユーザー心理を理解するうえで、自分がふだん感じている課題を起点にした開発にしようと考えました。それで生まれたのがWEB問診「メルプ」です。
「メルプ」の構想は、外来の診察で感じた課題がきっかけです。一般的な診察では、手元に届いた紙の問診票から、医師が電子カルテに転記して、患者を診察室に呼ぶという流れなのですが、かなり非効率に感じていました。
そこで、事前に登録した問診票の内容を、医師側の電子カルテに自動で反映できる機能を開発。当時はLINEのチャットボットサービスが流行っていたのもあり、LINEで予約と問診ができるようにしました。
しかし、ターゲットの開業医にはあまり刺さらなかったんです。「LINEは子どもや孫に教えてもらい、プライベートで使っているけど、病院で使うイメージはない」と。
相当へこみましたけど「ここもマーケットの声を聞かずに開発を進めてしまったからだ」と反省して大幅改良。LINEを使わないWebサービスへ、機能面では予約は除いて問診のみに絞りました。「安全」「わかりやすい」「使いやすい」を徹底したおかげか、クリニックに直接営業に行くと、徐々に導入してくれるユーザーが増えていきました。
ーーそこからJMDCのグループ会社になるまでには、どんな経緯があったのでしょうか?
「メルプ」スタートから1年ほどで約200のクリニックで導入され、PMFを達成したと判断し、次はIPOを目標に据えました。でも「このままでは売上20億円がいいところ。上場は厳しいのでは」と思ったんです。1→10へサービスを拡大していくノウハウが必要だと感じました。
そこで、売上規模20億円以上にサービスを伸ばせるプレイヤーと協働しようと自社flixyの売却先を検討。M&Aの仲介会社を使わず、自ら売却先の候補企業にアプローチしていきました。
そこでお会いした企業の一つがJMDCでした。松島社長ともお話して、私の考えを尊重してくれる姿勢がとても印象的で「JMDCならやりたいことを自由にできそうだ。事業も伸ばしていけるにちがいない」と決意が固まりました。医療分野ですでに安定的な基盤を築いていること、さらに新しい事業を生み出していこうという前向きな企業姿勢にも魅力を感じましたね。
ーー現在、吉永さんはどんな仕事をしているのですか?
開発面では、主にプロジェクトマネジメントに携わっています。flixyの新規サービスの企画は、私がメインで担当していますね。
また、JMDCの経営陣や他のグループ会社の経営者と「シナジー効果を生み出すためにはどうしたらいいか」というテーマで、定期的にディスカッションしています。
グループ参画後、「メルプ」は順調に成長し導入数 1000件を超えることができました。経営や開発面では、これまでになかった知見を得られている実感がありますね。
週1回、総合病院の内科医の外来もずっと続けています。医師は、目の前で困っている人に直接役に立てて、感謝される仕事です。そういう意味では、経営や開発ともまた異なるやりがいを感じられています。
医師向けアプリ開発を、狂気の集中力でやり遂げた
ーー2021年7月にリリースした医師向け薬剤比較アプリ「イシヤク」の開発について聞かせてください。企画のきっかけは何でしたか?
「イシヤク」の構想も、内科医の外来での気づきがもとになりました。診察では患者さんに処方する薬の用量や薬剤の種類などを薬剤辞書アプリを使って調べるのですが、医師目線で使いやすいものではなく、パッと見てわかりにくいなと。
「ないなら自分で作ったらいいじゃん!」と思ったのですが、同時に「薬剤情報を登録していくのが、相当大変だろうな…」とも感じていましたね。
そんな折、新規事業の打診を受けて、その翌日には、この構想をもとにサービス概要資料を作って社内で説明。開発のGOサインをもらいました。
ーーかなりのスピード展開ですね!
はい。今回はPMF達成までの仮説検証のスピードを上げたいと思っていました。
なので、社内説明の翌日には、アプリのモックアップを作って、シンプルな広告用LPを制作し、SNS広告の運用をスタートしたんです。すぐにマーケットの反応を見たかったので。
広告開始翌日にメール登録を1件獲得。同時に画面遷移のモックアップを作成したり、薬剤の特徴を調べて整理する作業にも着手しました。ここまでで5日間ですね。
そして、広告出稿してから1週間で37件のメール登録を獲得し、この時点でPMF達成を確信できました。このスピード感で進めるには1人で全部やり切ることが大事だと思います。
ーー順調な滑り出しでしたね。一方で、開発中に苦労した点はありましたか?
さきほどもお話したのですが、やはり薬剤の特徴文を作成する作業は、相当大変でした。薬剤特徴文は「イシヤク」の生命線になるコンテンツなので、地味ですが手を抜けない工程です。
まず製薬会社が出している薬剤情報を読んで、そのもとになっている論文を探し、さらに同属の他の薬剤の論文と比較しながら1日200本くらい論文を読んでいました。そこから薬剤や薬効の特徴を整理して、ひたすら書き出していくのです。
1日14時間かけて、3000の特徴文を3ヶ月で完成させたのですが、その間は、食事を取るのも惜しく、完全栄養食を摂取しながら何とか乗り切りました。睡眠3~4時間で、ひたすら同じ作業をやり続けたので、精神崩壊しかけましたけどね…(笑)
ーーそれはすごいです。基本的には、吉永さん1人で進めていたのですか?
あと1人薬剤師の方と主に2人で進めました。特徴文の作成は、「医師が使いやすいかどうか」の視点が大事なので、自分でやらないとと思って。ただ、医師といえども専門外の薬については詳しくありません。精神科とか血液内科の薬剤なんかは「意味がわからない!」とかなり難航しました。
でも、ゾーンに入ると結構おもしろいこともあって。何千という製薬会社の薬剤情報を読んでいくうちに「この製薬会社は、この薬剤のこの特徴を差別化として押し出したいんだな」とか、複数の製薬会社の新薬開発のストーリーが垣間見えてきて、自分なりに発見があって楽しかったです。
出来上がった特徴文は、各専門医の方にレビューをお願いして、さらにブラッシュアップしていきました。苦労した分、完成したときは感無量でしたね。
ーー吉永さんが、0→1フェーズのプロダクト開発で大切にしていることは何でしょうか?
最も重視しているのは、課題をこれ以上分解不可な「素数レベル」に絞り込むことです。肉をそぎ落とした先に見える、深い深い課題をまず解決するところから始めていきます。ダーツの中心を刺すようなイメージですね。そういう意味では、コンサル的な因数分解をして課題を洗い出す作業はしていません。因数分解では、必ずしも素数が見つけられるとは限らないんですね。
中心に刺されば、あとは関連のサービスや機能を周辺に広げていきます。メルプ関連では30の新規サービスや機能を作りましたが、これらがダーツ中心の周辺部分に当たります。
ーー「素数」という表現はわかりやすいですね。
こうした考え方に行き着いたのも、自分自身、失敗含めてさまざまな経験ができたからです。
お薬飲み忘れサービスの失敗から始まって、「メルプ」の初期でも壁にぶち当たってきました。そのとき心に突き刺さった教訓を次の開発でぶつけていって、高速でPDCAを回していく。結局、愚直に向き合って、泥臭く改善していくしか道は開けないんだなと実感しています。
脳波分野の起業を目指して、アメリカへ
ーー次に構想しているサービスがあれば、教えてください。
脳波領域のプロダクト開発を考えています。なぜ脳波なのかというと、今の自分には解けそうにない超難解な問題に挑戦したいと思ったからです。
ロケットやホログラムなどいくつかの分野をリサーチしていたのですが、そこで見つけたのが「イヤホン型脳波プラットフォーム」でした。瞬間的に「これだ!」と、尋常じゃないワクワク感が出てきてロックオンされたような感じに(笑)。ロケットは、イーロン・マスクが先行しているし、脳波なら医師のバックグラウンドを活かせるとも思いました。
まずは来年をめどに、研究の最先端であるアメリカに行き、脳波領域の研究室に入る予定です。そこで、信号処理プログラムができる共同創業者を見つけて、現地のアクセラレータープログラムに応募しようと考えています。
ーーflixyの仕事も続けながら、新しいチャレンジをするのですね!
はい。リモートで「メルプ」や「イシヤク」も引き続き伸ばしていきます。新規開発でももっと貢献していきたいですね。JMDCのみなさんも「がんばって」と応援くださっていて。この挑戦を快く思ってくれるのも、JMDCだからだとありがたく感じています。
私は、コレと定まったら、もう止められない性分だなとつくづく感じます。寝るのも惜しいですし、ある種、強迫観念のもと動いている感じかもしれません。今も仕事の合間にひたすら脳波関係の論文を読んでいますよ。解けそうにない問題に没頭するのが本当におもしろくて、きっと一生探究し続けるのだろうと思います。